序論 – 前半

私の卒論を担当くださる先生が決まり、個別指導に入った時、最初に先生から以下を書いて提出するように言われました。

①論文のタイトル(仮でよい)
②作品を選んだ理由
③卒論で書きたいこと

わたし、これって自己紹介じゃないですけど、新しく担当くださることが決まった先生に、私こんなヤツですってちょっとした説明で送るもんなんかなと思ったんです。

そこでWORDに、この作品を初めて読んだのは〜から、今回卒論にどうかと思って読み返したら〜とか、登場人物の心理描写が〜とか、テレテレと作品との馴れ初めやらなんやらを書き込んで送りました。

ですがこの、「選んだ理由」や「卒論で書きたいこと」ってのも、既に卒論の中の一部だったんですよ〜!!

 

普通にデスマス調で書いてたんですが、これを書いた後に修正のご指示はいただきつつ対応してどんどん進み、章立ても仕上げてOK頂いたら、「序論完成です」とか言われて大層驚きました!え、これも本文なの??と。(笑)

もちろんこの後で、である調に直して卒論らしくしたのはいうまでもありません。(笑)

 

 

さて、序論です。 卒論は序論、本論、結論の3つから成ります。ここ、読んでください。で、序論ってのは、この論文で何について書きますよーってやつですね。これ、こちらの記事で書いた、「A=Cである」のことと思っていいと思います。先生に書いてくださいと言われた 「③卒論で書きたいこと」 が、もろにそれですね。

先生のご指示では、「②その作品を選んだ理由」 も書くように言われていますが、序論には、どうしてそれを取り上げるに至ったかも含め、その作品の何について書きたいのかを、まず宣言するんですね。書きたい事=結論と考えてよいようです。序論でこの論文はこれについて書く!と宣言し、本論で根拠オンパレードをやって、最後に結論でふたたび、だからA=Cなんだ!をやるわけです。

①のタイトルは悩む方も多いかもしれませんが、②は、結構すんなり書けるのではないかなと思います。だって、作品が決定してるという事は、どうしてその作品を選んだかの理由がもんやりでもおありのはずですものね。

 

ただ、「③卒論で書きたいこと」は、具体的に書くように言われました。この時点ではまだ「A=Cだ!」を何にするかをはっきり決まってない方も多いとは思うのですが、ここを少し具体的に考えてみると、あなたの「A=Cだ!」が少し見えてくるかもしれません。

例えばですね。仮にシェイクスピアの『オセロ』で書くとして、デズデモーナって悲惨よね~。いい家に生まれて美人でいくらでも結婚相手なんているのに、オセロを選んだばっかりに殺されるなんて。この人のこの物語における役割って何なんだろ…。これについて書きたいな〜と思ったとします。で、この序論で、「デズデモーナについて書きたいです♡」みたいなサラっとした感じじゃなく、もう少し突っ込んで考えてみるってことです。(というか、この例えはサラッとしすぎだなw)

私、『オセロ』で書いたわけじゃないのでちょっとステキな例が出せるか、しかも例として皆さんがお読みになるのに大丈夫なのか甚だ不安ですが、よく『オセロ』について書かれたブログ記事とか読むと、オセロは元々ムーア人であることからコンプレックスがあって、美しい妻を持つことに誇りはありつつ常に不安や嫉妬もあり、イアーゴはそこを言葉巧みに突いたなんて言われてますよね?(ネットでググってみてください) このオセロの嫉妬を駆り立てる役割をデズデモーナがどう担ったのかなどは、物語の進行と同時に、キャラクター設定や各場面等で洗い出して、論じていくことができると思うのです。また、それを代表する場面なんかもあるはずです。更には嫉妬について書かれた心理学の先生の本なんかも読むとヒントがあるかもしれません。そういうのを絡めて、デズデモーナの役割を論じたいな…と少し見えてくるかもしれないですよね。「③卒論で論じたいこと」には、そのくらいあたりまで書いた方がよいということみたいなのです。(たぶんね、たぶん。なんか偉そうに書いてて本当なのか段々心配になって来たわ…汗)

でも少なくとも私の場合、先生からのご指摘を受けて、そのくらいまでは書きました。でも、ここまでどんなふうに何を論じたいかを具体的に書ければ、章立ても結構見えて来ますし、論拠探しのやるべき事も見えて来るように思えます。

序論を書くに至るまでには少なくとも2、3回くらいは作品を読んで、気にかかるところを付箋なんか貼っておいてほしいのですが、その中で気にかかる場所や重要な場面だと思える箇所って色々あるはずなので、そのあたりを大いに使って考えてみるとよいのではないでしょうか?

 

ただですね。卒論の一筋縄ではいかないところは、最初はそう思ってたけど、書き進めるうちに違う見解が出てきた…最終的に言いたいことはこれじゃなくなった…なんかもあると思うんですよね。そうしたらそこは戻ってまた修正してくださいね。

私も、先生に「序論OKです」と言われたものと、最終的に提出したものは違ってますので…。

 さて、序論にはこの後、章立てが入ってきます。章立てについてはまた別途、後半で書きますね。

 

それからですね、ご注意いただきたい点が一点、、、、私の記事や世の中の卒論について書かれたものを読んで参考にするのはいいと思うのですが、一番大事なことは担当の先生のご指示に従うことです。疑問は必ず先生に聞き、そのご指示に合わせてください。卒論の目的は「卒業するため」であり、「単位を取るため」です。ほかの誰かの書いた記事の通りにしたところで、その人は単位をくれません!単位をくれるのは担当の先生です。そこを間違えないでくださいね~。

 

 

 

卒論:一般・個別・専門指導

こんにちは、日大で出会った友達と南の島でチャラチャラしてきました、にちえ です。
(友達はガチで潜っていますが、私はチャラついておりました(笑))

さて、卒論には「一般指導」「個別指導」「専門指導」と3つの指導があり、専門指導は卒論提出の半年前には入っていないといけません。(6月提出の方は、前年12月初旬まで。詳細日程はご自分でご確認ください)

この3つの指導、何が違うんだろ…と思う方もいらっしゃると思いますので、こんな感じだったを書いときます。(実は一部は私も区別がよくわからないんだけど…)

まず日大には、卒論の一般指導の先生という方々が(おそらく)3名いらっしゃいます。このお三方は卒業式にもいらして、日大通信英文のメインの先生方なんですね。

このお三方のうち、文学で書きたいならI先生、英語学や英語教育とかならM先生とO先生なのでしょうか?(すみません、語学と教育はさっぱりわかんないので、このお二人に教育ならこっちの先生だよなど、担当がおありでしたら教えてください!)

「一般指導」はとにかく導入です。何について書くのかが決まってなくても、とりあえず、文学か英語学か教育かだけでもざっくり決めて、各担当の一般指導の先生の下へ相談に行ってください。どういう風にテーマを見つければいいのか、本を紹介されたり、資料をもらえたりします。

先生の一般指導は時々、申し込み不要で市ヶ谷の校舎で開催されたりしています。遠方の方でも、夏期スクなどで東京にいらっしゃる場合は、夏期スク期間中に開催されてもいるようですのでぜひ参加してみてください。それでも参加できそうにない方は、まず「卒論手帳」を買って、初めてでさっぱりわかりません!とでも書いて郵送で泣きついてみてください。(笑)

「一般指導」は、テーマを決めて担当してくださる先生が決まるまでです。この後、テーマ確定後に一般指導の先生がそのまま担当くださって個別指導に入ることもあります。(ちなみに文学の場合、ここで言ってるテーマは作品決定レベルです。語学の方は、助詞について、冠詞について書くなどがざっくり決まったレベルですかね?私の場合は一般指導の先生に「この作品について書きたいです!」だけ書いて送り、担当くださる先生をご紹介いただきました)

 

で、よくわかんないのがですね、「個別指導」と「専門指導」です。

私の場合、手帳を確認しますと、「序論」作成中に専門指導へのハンコが押されていました。序論が完成してから専門指導へではなく、「序論の途中」でした。

おそらくなんですが、文学だと、作品は決めたものの、論文として何について書くかがぼんやりしている場合は、個別指導で先生とそれを明らかにしていくのかなと思えます。

また後日書こうとは思うのですが、卒論の「序論」とは、「こういうことについて書きます~」と宣言する部分です。つまり、作品を決めてそれについて何を書くのかをざっくり決めてないと序論が書けないのです。そこで取り扱い作品(題材)の論文テーマ(論旨)についてご指導いただけるのが「個別指導」なのかなと思えました。

 

それ以降から完成までが「専門指導」です。

この専門指導に入った時点で、先生に題材とテーマにある程度OKいただけたということです。卒論提出の半年前までに専門指導に入っていないといけないということは「題材とテーマが決まっていないといけない」ってことのようですね。

そんなこんなの指導3種の違いは何ぞやでした。もし私はそうじゃなかった!などありましたら教えていただけると嬉しいです♡

論旨を決める

実は、ブログ記事の下書きが結構溜まっている にちえです。先日の台風の時も外出できませんし、色々書いてたのですよー。しかし思い返してたら、本当にそうだっけ?とか、ちゃんともう一回確認せなあかんなとか出てきてしまい、投稿までには至らなかったわけです。さて、論旨の話…

以前のブログ記事で、卒論の練習になる課題の話しを書いてて思い出したのですが、例の”お仕事柄論文を熟知している友人”から

「AはCだ」と言いたい時に、「AはBである。そしてBはCである。ゆえにAはCである」という書き方をするのが論文だと言われたことがあります。

もちろん実際にはそんな単純じゃなく文面は複雑化するんだとは言われましたが、A=Cを主張するために、根拠であるBをそろえないといけない。このBはただ自分がこう思ったから…という主観じゃなくて、だってこの本でDさんもこう言ってるし<参考文献>、この作品の主人公も1の後2をしてる<引用>んだから、裏付けになるでしょう?だからA=Cなのよ!!ってなように、書籍を出せる程しっかりしたどなたかの意見や、本文中の確固たる事実(ストーリーでそうなってる)などか、あなたがA=Cを言い切るためには重要なのです。論文ってのはとにかく、自分の意見を言うのにいちいち、根拠がいるんですねぇ…。

だがしかし、このA=Cだ!を何にするか決めるのが、大変ですよ。そんなこと言えるほど、まだこの作品について分かってないしってな感じですよね…。ε-(´∀`; )

でね、作品を決めた後に、そこから論旨、主題、主旨、主張を探しがスタートします。作品を読み返し、文献を読み、自分は何に着目し、どう思うのか…。

む、むずい…でしょうか…?

でも例えばですね、小説を読んだ時に、なんかこの登場人物、こんなことばっかやってるよな〜とか、なんでここでこんなこと言う?、もしくはやるんだろ?とか、疑問を持つところって出てくるはずなんです。

または、この物語でよく出てくるコレって何を表してるんだろ?とか、重要シーンに出てくる事物や、動物、モチーフとか色々ね。そういった何か気になる…が論旨にならないかな〜って考えてみるんです。あとは、なんでこんなタイトルなんだ?とか、なんでこの主人公、こんな名前なんだ?とか、もう、あらゆる側面を考えます。

ミルトンのN呂先生も、オコナーのN先生も、出てくるものすべてに何か意味がないか考えてみる必要があるって、授業の時に仰ってたと思ったな。そうそう、N呂先生の授業の時に初めて『文学シンボル辞典』なるものがあることを知りました。文学上で扱われているシンボルの説明が細かく載っている辞典で、図書館で借りてみたことがあります。文学上で”百合の花”の持つ意味とか、”ヘビ”が出てくると何を象徴しているとかあるらしいんですよ。そんな印象的なものが出てくる小説は、その辺りも調べてみると良いと思います。

実はわたしの面接試問では、H先生に、「なんでこんなタイトルなんだと思いますか?」と聞かれています。このことは最初にこの小説を選んだ時に考えていたので、その話もできました。

こういった、小説の中で登場人物の名前、タイトル、人物関係、語句がもつイメージ、場所など、あらゆる箇所から題材を探す方法というのは、以前紹介した小野俊太郎さんという方の本にもありました。こちらも参考になさってみていただけると良いと思います。

ここまで挙げたことを鑑みますと、ひとつの作品を、こね繰り返して、引っ掻き回して、こじ開けまくって、何度も何度も読み返してみることになるということが想像つくかと思います。実際そうすると、結構引っかかるところが出てくるんです。以前読んだ時はスルーした箇所が、なんか意味あるように思えてきたり、前回付箋を貼ってあるこの箇所は、こっちのシーンと関係してくるなとか…。

私、読書は好きなんですが、こんなに1作品を短期間で何度も読み返したのは、卒論に向かった今回が初めてでした。

だからI先生、好きな作品じゃないとできないよっておっしゃったんですね。納得です。

 

論旨・論旨・論旨。これを見つけられるまで何度も読み返せる、好きな作品をどうぞ見つけてくださいね。(^-^)

 

 

追記: なんかこのブログ書いてて思うのですが、私が卒論でSを取れなかった理由が分かるようになってきている気がします。(笑) 論旨と根拠って観点から考えると、あんまり一貫してないんですよ。それに、結局何が言いたいことなのか(A=Cがなんなのかが)、あの論文だとよくわかんないかも。いずれダメ例として挙げようかな…、とほほ。。゚(゚´Д`゚)゚。

 

学位記授与に続く、祝賀会

学位記授与式の出欠は、大学のWEBサイトから行います。授与式と、祝賀会のそれぞれに出席・欠席を回答します。

私は今回、一緒に参加できる友人もいなかったので授与式だけ出て、祝賀会は欠席にしたのですが、もし、同じような方がいらして、時間はあるけど一人だとつまんなそうだなって方は、とりあえず祝賀会にも出席として置いた方がいいと思います。

と、いいますのも、式の後で、皆さん結構撮影会になるんですよ。知らない人同士でも、すみません撮ってもらっていいですか?じゃわたしも…が始まります。

お友達がいなくてきてる方は、ここで一緒に祝賀会に行きません?ってことになるかもしれないので、そしたら立食で手持ち無沙汰ってこともなくなりますよ。(^-^)

そうならなくて、やっぱりやだなと思ったら、帰ってしまってもよさそうです。

なんせ、欠席にしておきながら出席したズウズウしい私が言ってますから!(笑)

卒論面接の時にお会いしてお話しした方と、もうお一方、写真を撮りあった方と3人で同じ市ヶ谷にある日大の桜門会館とかなんとかいう場所に移動しました。

祝賀会、特にお支払いとかいらず、お酒やウーロン茶、食事などがいただけました。乾杯して、談笑して終わりって感じです。1時間くらいだったかなー。

色々美味しかったですよ。(^-^)

卒論の一般指導をなさっている英文のI、O、M先生はいらしてたので、卒論なんかでお世話になった方はご挨拶とか出来ていいですね。わたしはO先生の授業1回とI先生の一般指導を受けましたが、顔を覚えていていただいている程ではないので、遠くから見てました(笑)

ところで、先輩がたのブログで、記念品をもらったーと懐中時計や枡の写真をアップしてるのをよく見てましたが、今回、私たちはワイングラスでした。しかし、足のないタイプ…。懐中時計の方がよかったと思うのは私だけでしょうか?わたし、ワイン大好きでグラスも結構持ってますが、足付きがいいのですよーー!!

それに、グラスだと割れたら無くなっちゃう…。時計は動かなくても本当に記念ぽいもんね…。懐中時計ってのがノスタルジックでいいのに…。ま、いんだけど。

さて、ありがたいことに学部代表をやらせていただいたという、箔がついた?ので(笑)、もうちょいと単位取得や卒論についてちゃんと書かねばと思うにちえなのでした。卒論はSじゃないけど!。゚(゚´Д`゚)゚。

追記: あ、そうそう書き忘れたことが…。女性の皆さん、当日は小さいハンドバッグで出席しても大丈夫ですよ。学位記持って帰るのにA4が入るバックの方がいいかなーなんて思ったのですが、ちゃんと紙袋用意してくれてました。(^-^)

学位記授与式

2019年10月19日(土)、さて、学位記授与式です。わたし、入学式は出席していませんが、卒業はやり切った感を感じたいし、土曜休みだし、式って午前中で終わるみたいだし(祝賀会出なければ)、提出書類(学生証返却、卒業予定者名簿カード、卒業後の進路届)もあるし、出席しよっかなーと軽い気持ちでweb画面からポチっと、「出席」を押してみました。

式の数日前、見知らぬ番号からの着信あり。いつもの通りTEL番号を検索すると、日大通信の学籍課!!!うぉー!!なんか足りなくて卒業延期?!または、当日持ち込み以外に書類があったのか?!なんか提出漏れか?

既に受付時間外のため、翌朝、恐る恐る折り返す。すると、

「にちえさん、成績優秀でしたので、学位記授与式で学部代表を務めませんか?」

な、なんですとーーー!!!!

わたし、確かにSとAしか取ってないのですが、そんなにSだらけって感じてもありません(今数えたらね、Sが12で、Aが8でした。卒業要件単位数minimum!!w)。おそらく『今回、卒業式に出席する人の中で』上位に位置するんだろうと思います。通信大学ですからね、卒業式に出ない人も結構いますし(むしろ出る方が少数派か?)、わたしの前に打診されたけど絶対ヤダって方もいたんでしょう。また今思うと、卒業式の出欠は17日まででしたが、その回答がほぼ集まったころで、上位者から連絡し始めたのかなーという感じが伺えます。(すごいギリギリ(笑))

しかしですね、なんにせよ、わたくしには名誉で記念すべきこと!軽い気持ちでお引き受けして、リハーサルのために通常より30分早く出かけて行きました〜。

式はどんな感じかといいますと、最初に全学部が同じ部屋に集まっての授与式で、学長からお祝いの言葉をいただきます。そして、各学部長から、代表者が学位記を授与するんです。経済学部、文理、法学、商学(だったかな?順番は不確か)…わたしはこの時の文理の代表者になりました。

リハーサルしに30分早く行ったのに、代表者用の席に座ると、受け取り方が書いてある紙が置いてあって、係の方に説明いただいただけでした。右に一礼、左に一礼、一歩前出て一礼、学部長の読み上げを待って受け取り、一歩下がって一礼、そんでまた右に礼で…、、あぁ、頭こんがらがる!なんかめちゃくちゃ緊張してきた!っ、次あたしだ!心臓バクバクいってる!(←軽くokしたくせに小心者w) でもまぁ、滞りなく終わりました。(証書を渡してくださる時、学部長がにっこりして下さったのに、ホッコリしましたよ!^-^)

各学部の代表者が学位記を受け取った後は、優等賞の方とか、65歳以上で優秀な方に奨励賞とかなんとか、数名の方が表彰されていました。この方々が本当の成績優秀なのでしょうね。優等賞は首席ってやつかな?

これで授与式は終わりで、次に伝達式というのになります。学部ごとに部屋を別れて、みなさん全員が学部長から学位記をいただきます。どちらの式も30分くらいでした。

今回、100数名の方が卒業されたそうです。このうち文理が1番多くて40名、さらに内訳は英文26、国文5、哲学6、史学3とのことでした。(ここに書く為に文理の人数はメモったのよ〜)

半数くらいの方が欠席されてたのかなという印象でしたが、欠席の方も、ちゃんと名前を読み上げられるんですよ!(^-^)

遠くて来れなくても、お仕事で来れなくても、頑張った卒業生ってことです。欠席された方はご存知ないと思いますので、これはお伝えしておこう。

それから、授与式で学位記を受け取ってしまったわたしは、伝達式でどうなるんだろう…とオロオロしてましたら、皆さんと同じように名前が読み上げられた後、「なお、にちえさんは既に受け取っていますので…」みたいな感じでスキップとなりました。(*´ー`)ゞ

今回、英文の方で少しでも授業で関わった方にお会いできるかなと思っていたのですが、どなたもお見かけした記憶のない方ばかりでした。

ただ、先日の面接試問で書いた、国文の方がいらしたんです。お互い何とか卒業できましたねーとお話しして、写真を撮り合いました。

私は友人もいないので、祝賀会は欠席にしたんですが、この時お会いした方が、出ましょうよーと声掛けてくださったので、係の方に、「欠席にしたんですけど、出ても大丈夫でしょうか?」と聞いたら、大丈夫ですよーと言ってくださったので、出てみることにしました。

長くなったので、記事分けます。

卒論の練習によかった課題

というわけで、本日早速2回目の記事。

大学の授業で、論文の何たるかを教わるわけではないのに、いきなり最後に高い壁として卒論が出てくるのが辛いとこですよね。

レポートでは引用の仕方とか、英文タイトルには下線を引くとか、基本的なことは知っていくことができるのですが、論述ってのがよくわからない…。

私が取り組んだ課題で、唯一、文学で卒論を書く人には予行練習のようでよかったなって思えた課題がこれでした。

英米文学特殊講義の分冊1です。

「マクベスが行ったことは、運命であった」もしくは
「マクベスの行為は内的願望によるものだった」

運命だからしょうがなかったと外に理由をつけるか、マクベス自身の意志でやりたくてやったんだ、のどっちでもいいのですが、どちらかに論旨をきめ、その根拠を本文から引っ張ってきて選んだ論旨の正しさを主張していく。

まさに論文です。

マクベスをご存知ない方はあらすじなどを書いてくださっている方がいるので読んで頂ければと思いますが、魔女の予言、妻からの圧力などから運命という外的要因が理由だったともいえますし、その割にはかなりいろんな人をガシガシ殺してらっしゃいますよね?とか、予言っていうけどこじつけじゃないの?いきなり今の王であるダンカンを殺すってのは唐突じゃない?やっぱやりたくてやってんだわ〜!というのも、どちらもありなのです。

論旨はどちらでもいいのですが、根拠をしっかり用意して説明するのが論文です。この論拠が参考文献の資料であったり、本文そのものであったりするのです。

わたしは画像で丸してある通り、「マクベスの内的願望・感情が発現したもの」として論じたのですが、なぜそう言えるのかを本文と文献を根拠に書いていきました。

例えば、魔女に「いずれスコットランドの王になるお方!」と言われたからって「そうだ!なるんだ!」と思えるほど、魔女の言葉にどれほどの力があるんだろう…と思ったので、この時代の魔女ってどんなもんなんかなと図書館で資料を借りて調べてみました。そうすると、当時は魔女裁判なんかも行われていて、魔女という存在自体が社会的に小さいものではなかったようなのですが、魔女の言葉は神の啓示のような強い威力を持つものではなく、別に絶対的なものではないんだなってことが分かりました。ここで、魔女に言われたからってすぐ「王になれるかも!」ってのは唐突だな~と思ったんです。実際、となりでバンクォーも「王の親になるお方!」とか言われてますけど、マクベス程強い影響を受けていないんです。マクベスは日ごろから王になりたかったから、魔女の言葉に強く惹きつけられたんだなと思いました。なので、魔女の言葉はそれほどの威力のあるものではないし、バンクォーも大して影響されてはいない、でもマクベスだけは強い影響を受けた。彼の中に元々その願望があったからだ と 文献や本文の必要箇所を「根拠」として提示しながら論じていきました。

逆に、もうひとつの論旨である「運命だった」を選んだなら、当時の魔女の持つ力の強さを説明している文献を探してきて、それを根拠に、これだけ強い威力を持つ魔女の言葉を聞いた上、「コーダの領主!」と呼びかけられた直後に実際コーダの領主の地位がマクベスにもたらされたことを考えると、それを信じてしまうのは自然なことだ みたいに論じていけばいいのだと思います。

参考文献ってつまり、自分の意見を通すための、道具なんですよ。なので、ここでこの主張を通したいと思ったら、それを後ろ盾してくれるものを探すんです。

これを小説全体を通して続けていきます。

「運命だった」を選んだ場合、妻がダンカン王殺しを迫ったから殺したと主張するなら、なぜ妻に迫られたからって本当に殺すのか、そこにマクベス夫人との日ごろからの関係性を持ってきて理由づけるのでもいいのです。それほど強い関係性だから、妻の気迫せまる要求が実際の殺しに向かわせたのだというなら、その関係性をこうだと結論付けられる理由は本文のどこにあるのかをまた引っ張り出してきます。
「内的願望」を選んだなら、元々願望があるのに、なぜ妻があのような気迫でせまってくるシーンが必要だったのか、妻の発言はマクベスの願望にどう触発づける位置を占めたのかなんかを本文から引っ張ってくるんです。私はありきたりですが、マクベス夫人に名前が与えられていない事から、妻とマクベス自身の一体性を主張して、マクベスが妻の口を借りてそれを自分に言わせて奮起するようにしむけたとしました。夫人=マクベスで、自分の願望を成就させるために妻の口を借りたと。それを理由づけるのにまた本文からいろいろ根拠を探すんです。
これはまた、じゃあ自分に元々願望があったのになぜ妻を介して自己奮起させる必要があったのか、とかも言えてきますよね?こうやってどんどん理由づけて自分の論旨を押し通すのです。「え、そういうけど、じゃあなんでここはこうなの?」って言われたとしても、ひとつひとつ根拠を付けて言い返せるようにしていくっていうんですかね?なんか裁判で争ってる弁護士みたいですが・・・!(弁護士がこんなことしてるのかどうかはしらんけどw)

このレポートは大好きな愛媛のA先生が採点してくださいました。私のレポート上では、コーダの領主の地位が手に入ったと同時にマクベスが <ダンカン王を殺すのはまだ私の想像に過ぎないのに…>といきなりここでmurderという言葉を使うのですが、これが唐突すぎる。王になる=殺害ってのがなんの脈略もなく急にここに出てくるのです。これは元々彼にその想いがあったからだ、これが内的願望の存在を明らかにしているのだ。と書いたのですが、そこにラインしてくださってました。王になる運命だったら、王が病気で急死する可能性だってあるのに、いきなり殺害ですよ?変ですよね?ここで急に殺害って言うなんて、絶対元々考えてたんだーーー!ってなわけです。

まぁ、私の論文への取り組み方なんで、ちょっとつたない感じでしょうけれども、一応この考え方で卒論も綴りなんとか合格は頂けたので、あながち遠くはないと思います。

こういう課題に取り組めると、論文練習にはすごくよいよな~と思いましたよ。

ちなみに今期の課題をみると、

「通信教材『英米文学特殊講義』の第1編第2章The Merchant of Venice 論を出発点として,ユダヤ人を視点にしたShylock 中心の自論を展開しなさい。」

なんかが論文の練習になりそうなのかなと思えるのですが、どうでしょうね?今回は論旨を選択肢として与えられていないので、そこを自分で決めないと論点がずれる可能性もありそうですが、ユダヤ人であるshylockだからこうなんだ!というような論旨を先に決め、そこからその根拠を挙げて「自論を展開」していけばいいと思います。

卒論を見据えている方は、こういったレポートには積極的に取り組むとよいのではないかなと思います。(*^-^*)

卒論は孤独な闘い・・・?

卒論について、先日コメントを下さった方がいらしたのですが、実は数か月前にも来年3月の卒業を目指していて何度か授業でご一緒した方から、久しぶりに連絡をもらいました。やはり、卒論をどうしたらよいのか分からなくなってきて、心配になり「どうでしたか?」って感じの内容だったのです。

卒論って、孤独な闘いなんですよね。本当に仕上がるのか不安になってきたというそのお気持ち、ものすごくわかります。

私は1章は書きたいことが明白だったので結構スイスイ進んだんですが、先生から「本文を見るのは1章だけです。」と言われた後、2章が本当に書けなくて、途方にくれたもんです。しかしやはり打破した鍵は「人と話したこと」でした。

今となってはその友人には感謝してもしきれないですが、お仕事柄、論文の何たるかをよくご存じで、「論文は進んでる?」とよく聞いてくれました。彼は専門が違うし、私の取り扱っている小説の筋道すら知らないのに、彼と話をしているとぽっと鋭いことを言ってくるのです。
「その彼(小説の中の登場人物)、なんでわざわざ、また戻ってきたのかね?」って。この一言に戦慄が走り、「こ、これは作家が人物を通して表現したかったことにとても重要なシーンなんだ!!!」と思ったら、「この場面を論拠に使って私の論旨を通せるかも!!!」と気づいたところ、またいい具合に使えそうな文献まで見つけられて、このシーンと文献で何とか道が見え、形づけることができたんです。

ですので、もちろん本や資料を読み込んだり、自分でよく考えてみる事も大切なのですが、煮詰まった時は人と話したり、別の情報を入れてみるなどするのも、新たな気づきに必要なことだと思います。

そして卒論の事は、このブログにも色々書いた方が、きっとどなたかの助けになるかもな~と思いました。私、論文はそれほど大したことも書けていないですし、成績もSをもらえてるわけではないので、あまり細かく偉そうに書くのもなんだしな…と思っていたんですが、書き終わってない方から見たら、「それでもいいからなんか情報くれ!!」という事になるんじゃないかな~と思いました。大半の方は、論文事体を書くのが、人生で初めての事って方だと思うんですよ、私もそうでしたし。

なので、卒業したあとも卒論についてはちょいちょい書いていこうと思います。

Hら先生 tribute

夏スクに出たお友達に聞いたのですが、Hら先生、昨年の11月にお亡くなりになられたそうです。

(T_T)

既に卒業された方も、Hら先生の授業を受けて非常に強く印象に残ってらっしゃる方もいるのではないでしょうか?

私は本当に最後の年に、先生の授業を受講することができたんだな〜と思いました。

何だかわかりませんが、とにかく先生の授業、夏スクのたった3日ですが、受けられて本当によかったんです。思い出すだけでほんわかするんです。(ノ_<)

また恐らく、詩なんてつまんね~と思っていたのに、それが意外によかった。
しかもロマン派をHら先生から教わるってのがまたよかったのかも。
(いや、Hら先生からなら、何教わってもよかったに違いない…)

今、日大にいらっしゃる先生も、元はHら先生の生徒さんだった方も多いようです。

よく知らないのに恐縮なんですが、本当に人間として魅力的な先生だったなと思います。授業中の生徒の発言一つ一つに対する先生のご返事。なんかわたしのような1生徒から聞いても、変な発言してるな〜って生徒さん、たまにいるように思えるのですが(←失礼!(笑)) 、そんな生徒にもすごい素敵なお返事なさるんですよ。否定せず、良いところを見つけ、それを褒めて、あたたかいコメントをなさる。先生の発言一つ一つが素敵だったな〜。

(*´︶`*)

あぁ、Hら先生の授業が受けられて、日大に入って本当によかった。たった3日授業に出ただけの私がこんな風に思うのだから、直接色々学んだ方はもっともっと思うところおありでしょうね。

先生、スクの後、生徒のエッセイ読んだり採点するの大変でしたでしょうに、夏スク受け持ってくださってありがとうございました。

原先生、どうぞ安らかにお眠りくださいませ。

編入の場合、どのくらいで卒業できそうか?

私はレギュラーワーカーの子無し独身ですが、計画通り3年で卒業できました。

でも今思うに、それほど無理せずとも2年半では行けると思います。
最後の半年は卒論しかしてないし、6~9月は何にもしてないですもの~!!!

さて、条件は以下

●土日が休みである。(単発スクは土日に多い)
●夏休みを取って夏スクに出れる。(2期分くらい)
●GWもスクに出れる。(どっちか1期)
●土日や連休、年末年始の休みはレポート作成に時間を取れる。

上記の条件があれば、
2年半で行けると思います。

で、上記条件に加えて、

●仕事以外の時間はほぼ日大の勉強に充て、
●GWも1,2期両方スクに出て
●夏期も4期分くらいはスクに出て
●2月のスクも1,2期全部出る(つまり1か月間土日ずっとスク!)

などをやると、2年で卒業できると思います。
実際、2年で出ることを目指している方に会ったことがあり
その方も正規で働いてらしたみたいですが、
すげ~詰込み具合でした。

私と同じ進捗の方は
正規社員ではなかったですが、皆さん結構事情を抱えていたものの
主体的に動いていらした方々で、だいたい2年半で出てましたよ。

私は日大以外にも趣味でやっていることがあり、
これはいずれ講師になれるかもしれないので辞めたくないため
2年じゃ無理だなと3年で計画したのです。
私、計画立てて遂行するのが得意な方なんですが、
ほとんど入学前にエクセルで計画した予定通りに
単位取って卒業してます。

で、ここからが、人によっては うそ!!! と
思われるかもしれませんが、

2年では無理となると
じゃ、3年でと思うじゃないですが?
年間費用で1年分かかっちゃうんだし…。

だもんで3年で計画したんですよ。

が、どうやら、
2年半で卒業すると、
半年分の授業料、戻ってくるらしいです~!!!!!!!

これを知った時には
すでに計画変更には遅くって
今から卒論を半年前倒しは厳しいな…って時だったので
結局3年掛けましたが、もっと早く知ってたら
絶対詰め込みましたね!

何度も言いますが、残り半年、卒論しかやってませんし
最後の3か月何もしてませんもの~!!!

というわけで、
上記の条件に見合う方は、2年半で卒業を計画するのが
良いのではないでしょうか?

まぁもちろん、上記に加えて
お住まいの地域や、レポート作成にどれくらいで慣れるか、
レポ+スクじゃなくて、カモ修メインの場合は?など
いろいろ状況違いや関係してくる内容でも
異なってくるかもしれませんけれども、
私のやり方の感覚では、最短2年半が現実的だと思います!

追記:

あ、しかしですね、私は教職は取ってませんので
この関係は分からないです。すみません~。

おんなじ進捗の方で、友達の友達くらいの位置に
ひとりだけ教職取ってる方がいましたが、
その方も2年だか2年半だかで出てます。
夏スクは5期ほぼ出てらした気がするな…。
この方は卒業+教職だったので、卒論も書いてらした。
ただ正規のお勤めの方じゃなかったと思うので
相当な時間を日大通信に充ててらしたと思います。

卒業不要の方はまた違ってくるかもしれませんが
英文はなんせ、卒論が結構高い壁ですのでね、
とにかく1年目にレポ書きまくって併用で詰め詰めで単位取って
2年間かなり相当集中して取り組む必要はあると思います。

面接試問②

面接試問②、何も2回に分ける必要もないのですが、
お昼休みが終わったので to be continued をしてみました にちえです。

卒業通知が来た日の夜、
サイトにログインしたら卒論の評価が出てました。
Aでした。
Sを狙っている方は私のブログは
あんまり参考にならないですよ~ぃ!!(笑)

さて、卒論の面接試問。
端的に言えばですね。
おそらくなんですが、先日の国文科の方のように
先生から事前に連絡が来た!とかない限り、
大丈夫そうです。
単位はくれるんだなと思いましたよ。

私を担当くださったのはアメ文のH先生。
先生の面接はその日、私だけでした。
面接はたしか一時間くらいはありました。

最初の方だけ書いた論文に対して
いくつか質問されましたが、
自分が書いたんですから答えられる内容でした。

しかも私なんて、「論文のどこかに書いたんですが…」とか
言いつつ、どこに書いたのか探せなくって
おたおたしてたのですが、
先生も
「あぁ確か書いてあった書いてあった」ってな
感じで・・・。(笑)

それについてどう思っているか
などは、感じたことを言えばいいだけなので
ちゃんと自分で書いたのなら答えられます。

この作品に対する先生のご意見なども伺い、
それが私と真逆の部分もあったので、
その発想はなかったと驚いたりしてました!

そのあとはこの作家のこととか、
ほかのアメリカ文学の作品の話とか、
こんな本が好きで何度も読んだなんてお話もしました。

H先生の授業も受けてみたかったな~と思いましたよ。

そんなこんなで、
ちゃんと書いて提出して、
事前に電話とか来なければ、
そんなにビビる必要はありません。

しかるべき時期に卒業通知は来ると思います!(^_-)-☆