卒論の練習によかった課題

というわけで、本日早速2回目の記事。

大学の授業で、論文の何たるかを教わるわけではないのに、いきなり最後に高い壁として卒論が出てくるのが辛いとこですよね。

レポートでは引用の仕方とか、英文タイトルには下線を引くとか、基本的なことは知っていくことができるのですが、論述ってのがよくわからない…。

私が取り組んだ課題で、唯一、文学で卒論を書く人には予行練習のようでよかったなって思えた課題がこれでした。

英米文学特殊講義の分冊1です。

「マクベスが行ったことは、運命であった」もしくは
「マクベスの行為は内的願望によるものだった」

運命だからしょうがなかったと外に理由をつけるか、マクベス自身の意志でやりたくてやったんだ、のどっちでもいいのですが、どちらかに論旨をきめ、その根拠を本文から引っ張ってきて選んだ論旨の正しさを主張していく。

まさに論文です。

マクベスをご存知ない方はあらすじなどを書いてくださっている方がいるので読んで頂ければと思いますが、魔女の予言、妻からの圧力などから運命という外的要因が理由だったともいえますし、その割にはかなりいろんな人をガシガシ殺してらっしゃいますよね?とか、予言っていうけどこじつけじゃないの?いきなり今の王であるダンカンを殺すってのは唐突じゃない?やっぱやりたくてやってんだわ〜!というのも、どちらもありなのです。

論旨はどちらでもいいのですが、根拠をしっかり用意して説明するのが論文です。この論拠が参考文献の資料であったり、本文そのものであったりするのです。

わたしは画像で丸してある通り、「マクベスの内的願望・感情が発現したもの」として論じたのですが、なぜそう言えるのかを本文と文献を根拠に書いていきました。

例えば、魔女に「いずれスコットランドの王になるお方!」と言われたからって「そうだ!なるんだ!」と思えるほど、魔女の言葉にどれほどの力があるんだろう…と思ったので、この時代の魔女ってどんなもんなんかなと図書館で資料を借りて調べてみました。そうすると、当時は魔女裁判なんかも行われていて、魔女という存在自体が社会的に小さいものではなかったようなのですが、魔女の言葉は神の啓示のような強い威力を持つものではなく、別に絶対的なものではないんだなってことが分かりました。ここで、魔女に言われたからってすぐ「王になれるかも!」ってのは唐突だな~と思ったんです。実際、となりでバンクォーも「王の親になるお方!」とか言われてますけど、マクベス程強い影響を受けていないんです。マクベスは日ごろから王になりたかったから、魔女の言葉に強く惹きつけられたんだなと思いました。なので、魔女の言葉はそれほどの威力のあるものではないし、バンクォーも大して影響されてはいない、でもマクベスだけは強い影響を受けた。彼の中に元々その願望があったからだ と 文献や本文の必要箇所を「根拠」として提示しながら論じていきました。

逆に、もうひとつの論旨である「運命だった」を選んだなら、当時の魔女の持つ力の強さを説明している文献を探してきて、それを根拠に、これだけ強い威力を持つ魔女の言葉を聞いた上、「コーダの領主!」と呼びかけられた直後に実際コーダの領主の地位がマクベスにもたらされたことを考えると、それを信じてしまうのは自然なことだ みたいに論じていけばいいのだと思います。

参考文献ってつまり、自分の意見を通すための、道具なんですよ。なので、ここでこの主張を通したいと思ったら、それを後ろ盾してくれるものを探すんです。

これを小説全体を通して続けていきます。

「運命だった」を選んだ場合、妻がダンカン王殺しを迫ったから殺したと主張するなら、なぜ妻に迫られたからって本当に殺すのか、そこにマクベス夫人との日ごろからの関係性を持ってきて理由づけるのでもいいのです。それほど強い関係性だから、妻の気迫せまる要求が実際の殺しに向かわせたのだというなら、その関係性をこうだと結論付けられる理由は本文のどこにあるのかをまた引っ張り出してきます。
「内的願望」を選んだなら、元々願望があるのに、なぜ妻があのような気迫でせまってくるシーンが必要だったのか、妻の発言はマクベスの願望にどう触発づける位置を占めたのかなんかを本文から引っ張ってくるんです。私はありきたりですが、マクベス夫人に名前が与えられていない事から、妻とマクベス自身の一体性を主張して、マクベスが妻の口を借りてそれを自分に言わせて奮起するようにしむけたとしました。夫人=マクベスで、自分の願望を成就させるために妻の口を借りたと。それを理由づけるのにまた本文からいろいろ根拠を探すんです。
これはまた、じゃあ自分に元々願望があったのになぜ妻を介して自己奮起させる必要があったのか、とかも言えてきますよね?こうやってどんどん理由づけて自分の論旨を押し通すのです。「え、そういうけど、じゃあなんでここはこうなの?」って言われたとしても、ひとつひとつ根拠を付けて言い返せるようにしていくっていうんですかね?なんか裁判で争ってる弁護士みたいですが・・・!(弁護士がこんなことしてるのかどうかはしらんけどw)

このレポートは大好きな愛媛のA先生が採点してくださいました。私のレポート上では、コーダの領主の地位が手に入ったと同時にマクベスが <ダンカン王を殺すのはまだ私の想像に過ぎないのに…>といきなりここでmurderという言葉を使うのですが、これが唐突すぎる。王になる=殺害ってのがなんの脈略もなく急にここに出てくるのです。これは元々彼にその想いがあったからだ、これが内的願望の存在を明らかにしているのだ。と書いたのですが、そこにラインしてくださってました。王になる運命だったら、王が病気で急死する可能性だってあるのに、いきなり殺害ですよ?変ですよね?ここで急に殺害って言うなんて、絶対元々考えてたんだーーー!ってなわけです。

まぁ、私の論文への取り組み方なんで、ちょっとつたない感じでしょうけれども、一応この考え方で卒論も綴りなんとか合格は頂けたので、あながち遠くはないと思います。

こういう課題に取り組めると、論文練習にはすごくよいよな~と思いましたよ。

ちなみに今期の課題をみると、

「通信教材『英米文学特殊講義』の第1編第2章The Merchant of Venice 論を出発点として,ユダヤ人を視点にしたShylock 中心の自論を展開しなさい。」

なんかが論文の練習になりそうなのかなと思えるのですが、どうでしょうね?今回は論旨を選択肢として与えられていないので、そこを自分で決めないと論点がずれる可能性もありそうですが、ユダヤ人であるshylockだからこうなんだ!というような論旨を先に決め、そこからその根拠を挙げて「自論を展開」していけばいいと思います。

卒論を見据えている方は、こういったレポートには積極的に取り組むとよいのではないかなと思います。(*^-^*)

2018夏スク 英米文学特殊講義 A先生

愛媛県からお越しのお若いA先生~!
はきはきテンポよく、演習型式の楽しい授業でした。

カズオ・イシグロの『遠い山なみの光』を扱いました。

予習は翻訳でよいから読んできて のみ。そんなに厚くない本なのですが、

ま~つまんない!!導入からちょっと分かりにくくて頭に入ってこないし
何も起きないし、なんだかよくわからん作品…。

しかし、これが先生の授業に出ると、
なに~深いな~面白いじゃないか、さすがノーベル賞作家!!
となりました。これはあっぱれでした。

こういう小説には読み方ってのものがあるんですね。
わたしのようなチンチクリンがさらっと読んだんじゃ分からない
奥深さがあるわけなんですね~…。

テストは訳が5題と、論述と、作品を年代順に全て挙げよ。

先生はすごいヒントをくれるし、A4の紙1枚と辞書は持ち込み可なんて
すごい優しいですよ!!
でも、テスト用紙計4枚。今までで最高枚数!
あと論述がありますから、時間はあっという間!結構ギリギリです。

論述は「キーワードを3つ使い、エツコについての自論を展開せよ」
というお題も最初に教えてくださってたので、私はもう、
A4用紙にがっつり書いといてほぼ写しました。
しかし、写すんだって結構時間かかりますからね。
当日はA4のカンペ作りに手が痛く、テストの前に4枚の答案用紙全てに
名前を書くのでもう、へらへらですよ。ホント疲れた。

翻訳5題も、30題くらいから好きなの選べばいんだけど、
1題が4,5行に渡る長いタイプなの。全て授業で取り扱ったけど
そこで思い出したり辞書ひいてたんじゃ、70分には間に合わないなと思ったので
文法のちょっと困難なものはやっぱり書いといた。

その場で訳したり、論述書いてたんじゃ
絶対まともには終わんなそうでしたよ。

しかし短期記憶!森先生の時も話でたけど、結構使えますね。
まぁ何とかなったと思います!

試験は途中退出禁止(ってか終わらないよね…)で、
最後に先生のお話聞いて一本締めで終わりました。
演習型式だったので、グループの方とも最後にもお話できて
とても後味のよいステキな授業でした。
質問にも笑顔でこたえてくれたな~。A先生、おすすめです。

この夏は2本とも文学系だったのですが、
どちらも当初は興味ない題材で、どちらも結果として奥深く勉強になり
そして素晴らしい先生の授業を受けることができました。

これで2年目終了!

あと科目にして3つと卒論が残っています~。